淳Think 2003年3月18日(火)号外

<緊急アピール>

ブッシュ大統領よ、なぜ父ブッシュも踏みとどまった危険な泥沼の道へと身をゆだねるのか?

イラク開戦前夜にあたって

いよいよイラク開戦が迫ってきた。私は、明日17日、パキスタンに向って出発するので、あわただしい準備のあいまをぬってわずかな時問を確保し、この問題について一言だけ述べておきたい。

ブッシュ大統領の対イラク開戦を支持するのか否か――我が国でもさまざまな議論が交錯している。そこに敢えて議論の共通の土俵を設定するとすれば、どうすれば我が国の安全保障が確保されるか、ひいては世界の安全保障が実現するかということではなかろうか。

そのためには事態をリアルな眼でみつめ、あくまで冷静沈着に考え抜く必要がある。不幸にして、この問題に関しては、我が国でも不毛な論争があとをたたない。「立場」の違いによる互いにかみ合うことのない論争が、ときとして感情的な非難さえまじえて、延々と続けられている。戦後日本が軍事の役割を正面から議論することをタブー視してきたことや、自民党の一党支配のもとで「日米安保の自民党対絶対平和主義(?)の社会党」という構図が長らく固定されていたことなども影響していよう。更に、ここに至って北朝鮮問題の深刻化が一層冷静な議論を困難にしている。

しかし、イラクと北朝鮮の二つの危機に直面する今こそ、安全保障における軍事の問題を正面から考える絶好のチャンスではないか。

時間がないので、ズバリ私の答えを述べよう。北朝鮮の金正日体制が崩壊すれば北東アジアに平和が訪れる決定的なチャンスがもたらされるが、ブッシュ大統領の手法でサダム政権を転覆しても中東及び世界の安全保障に資するところはない。

ブッシュ大統領は、対イラク戦争の正当性について、当初大量破壊兵器の廃棄という目的を掲げていたが、その後サダム政権の打倒=イラクの民主化を前面に打ち出すようになった。ブッシュ大統領は次のように述べている。

「行動を起こさなければ、イラク国民は残酷な屈従の下で生き続けることになる。イラク政権は、新たな力をつけて、近隣諸国を痛めつけ、威圧し、征服し、中東には流血と恐怖の時代が続く。この地域は、不安定の状態が続き、自由への希望もほとんどなく、我々の時代の発展から取り残されることになる。
もし、我々が行動を起こすなら、非常に異なった将来を迎えることができる。イラク国民は、囚われの状態から逃れることが出来る。彼らも、ある日、将来の民主主義アフガニスタンや民主主義パレスチナのような国となり、イスラム世界全体に改革を鼓舞することが出来る。こうした国々は、誠実な政府、女性への敬意、学問というイスラムの偉大な伝統が中東やその他の地域で成功を収めることが出来ることを証明出来る。」

(2002年9月12日国連演説)

「アフガニスタン国民の生活がタリバン以後改善したように、サダム・フセインが権力を失えば、イラク国民の生活は劇的に改善するであろう。」
「こうした要求が満たされたとき、最初のそして最大の恩恵は、イラクの男性、女性、そして子供たちにもたらされる。クルド人、アッシリア人、トルクメン族、シーア派、スンニ派やその他の人々に対する弾圧が取り除かれる。イラクの長期に及ぶ囚われ状態が終わり、新たな希望の時代が始まる。」

(2002年10月7日シンシナティでの演説)

この演説のサダム・フセインを金正日に、イラク国民を飢餓に苦しむ北朝鮮人民に置き換えてみよう。なるほどと納得出来ることばかりではないか。しかし、ブッシュ大統領のターゲットは金正日の北朝鮮ではなく、サダム・フセインのイラクである。確かに、サダムのバース党政権は、大変な人権弾圧を続けてきた。恐怖の軍事・警察国家である。かつて、イラク駐在の日本のある商社マンが、この国特有の密告により冤罪(えんざい)で刑務所に投獄されたことがあり、「バグダット憂囚」という本にその様子が生々しく描かれている。とんでもない国なのである(もっとも、皮肉なことに、イラクでは女性の職場進出は大変なもので、イスラムの戒律も弱く服装も極めて近代的である。米国と関係の深いサウディアラビアやその他の湾岸諸国の方がはるかに女性に対して“抑圧的”である)。

しかし、問題の核心は、ブッシュ流の手法で果たしてイラク国民が「解放」されるだろうかということである。そして、更に問題なのは、ブッシュ大統領が次のように述べていることである。

「異なる脅威には、異なる戦略が必要になる。イラン政府は、国民を抑圧し、大量破壊兵器を求め、テロを支援し続けている。一方、イラン国民は脅迫や死の危険を賭して、自由と人権、民主主義を声高に要求している。世界中の人々と同じく、イラン国民にも、自らの政府を選び、自らの運命を定める権利がある。そして米国は、自由に生きたいという彼らの情熱を支援する。」

(2003年1月28日一般教書演説)

また、伝えられるところによると、ブッシュ政権はサウディアラピアなど王制国家の「民主化」さえももくろんでいると言われる。
“ブッシュの戦争”の大義は、イラクを始めとする中東やイスラム世界の「民主化」と「国民の解放」にあり、アフガニスタン攻撃はその“緒戦(しょせん)の勝利”というわけだ。

しかしながら、このような“ブッシュの戦争”の目指す「正義」が実現されることは永遠にないだろう。それどころか中東ひいては地球全体が、更なる混迷と不安定へと導かれ、我々はまた安全保障上の一層の危機の持続という大きな代償を支払うことになるであろう。

なぜか?私は、これまで幾度となく、イスラム原理主義はアラブの敗北の歴史によって生み出されたものと述べてきた。オスマントルコの崩壊以降、アラブは欧米の諸列強に翻弄され、イスラエル国家の誕生によりそれは決定的なものとなった。そして、第二次世界大戦後のアラブの歴史は、全てといってよいほど敗北の歴史であった。とりわけ、軍事的にはその敗北は決定的であった。敗北にとことん打ちひしがれたものは、西欧世界への“全き否定”としてのイスラムヘの回帰=イスラム原理主義という形で、絶望からはい上がろうとする。

“ブッシュの戦争”は、今後10年、20年と経過するなかで新たにどんな世界をもたらすか。それは、このような「イスラエル対パレスチナ」の安全保障上の極度の不安定状態が「米・英(・日?)対中東・イスラム世界」という形で全世界的規模・地球的規模に拡大するということである。マレーシアやシンガポールのトップリーダーがなぜ“ブッシュの戦争”にいち早く異議を唱えたか。それは両国がイスラム国家だからである。イスラムの版図は、中東の版図より更に広い。“ブッシュの戦争”によりこれらの国々と人々を一層イスラム原理主義へと駆り立てるのか。そこに「民主化」によって何がもたらされるのか。民主的選挙によって誕生したはずのアルジェリアのイスラム原理主義政党は米国の望む「民主的政権」ではなかった。ましてや、イスラエル=パレスチナ紛争を解決出来ぬものが、どうして地球的規模に拡大された紛争を解決できるというのか。

テロの温床は絶望的なまでに拡大し、世界は止むことのない潜在化または顕在化した安全保障上の危機に直面することになろう。世界経済は、そのことにより長期的低迷の局面へと確実に進むことになるだろう。
軍事をもって軍事を制する闘いには、終わりがない。どんな強大な軍事力を整備・保有してもこれで安全ということはない。これを軍事対テロの闘いに置き換えてもよい。
世界の安全保障において、残念ながら軍事の役割をゼロにすることは出来ない。しかし、軍事の役割をいかに極小化してみせるか――そこが政治家の腕のみせどころである。そうでなければ軍人に政治をまかしておけばよい。

ソビエト連邦の崩壊=冷戦の終焉をもたらしたものは、競争原理の導入=市場経済による政治的な開放国家体制への転換であった。開放=国際交流の促進による平和の実現こそ、このような人類の英知がもたらした手法ではなかったのか。
確かに、冷戦の崩壊は、サダムのクウェイト侵攻やユーゴ紛争などの民族紛争にみられるような安全保障上の危機の“多極化”という新たな危険をも生み出した。その背景には東西冷戦構造(=米ソ二極対立)によって封じ込められていた「南北問題」の噴出ということがある。
だからこそ、南北問題やパレスチナ問題の解決に正面から取り組むことが必要であり、どんなに困難であろうともその努力の継続なくして世界の安全保障は確保されない。

米国の中東政策はホメイニのイランに対抗させるべくサダムのイラクを育てた。クウェイト侵略への反撃という大義が明瞭であったあの湾岸戦争においてさえ、中東におけるバランス・オブ・パワーが崩れることを恐れた父ブッシュは、サダム体制の転覆というとどめをさすことを躊躇した。その息子のブッシュ大統領が、今になって、サダム政権の打倒=イラクの民主化を叫ぶというのは、なんという歴史の皮肉であろうか。

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