2023年10月12日 号外 「イラク開戦前夜」と「ガザ侵攻前夜」

 イスラエルのネタニヤフ首相は,ハマスの今回の襲撃をもって「イスラエルの9.11」と表したという。

 私は,メルマガ「淳Think」の2003年3月18日号外で

「イラク開戦前夜にあたって
―ブッシュ大統領よ,なぜ父ブッシュも踏みとどまった危険な泥沼の道へと身をゆだねるのか?」

という「緊急アピール」を発表した(淳Think 2003年3月18日(火)号外)。

 アメリカ合衆国の「9.11」への報復はアフガニスタン侵攻であり,イラク戦争であった。そして,ハマスの今回の襲撃への報復は「ガザへの全面侵攻」であり,“ハマスの殲滅”ならぬ“パレスチナの壊滅”である。

 だが,この「イラク開戦」と「ガザ侵攻」はいくつかの重要な点で決定的な違いがある。ここでは,その内3つだけ挙げる。

 ひとつは,壊滅の対象がイラクやアフガニスタンではなく,パレスチナだということである。パレスチナは単に中東・アラブ世界の一地域というにとどまらず,中東・アラブ世界の人々にとって“シンボリック”な意味を持っている。

 もうひとつは,世界は今「ウクライナ戦争」を抱えているということである。いわゆる“西側先進諸国”がこの問題(「ガザ侵攻」とパレスチナ問題)に正しく対応出来ず,ウクライナ(ゼレンスキー大統領)が舵取りを誤れば,“ウクライナ戦争”の世界史的意味合いは変質する。すでにその変質の兆候は現れ始めている。

 3つ目は,世界情勢において占める位置という点で,「イラク開戦」の頃よりいわゆる“グローバルサウス”の国々の力が格段に大きくなっているということである。

 「イラク開戦」のもたらしたものは“テロの世界中への拡散”であり,我々が少しだけ思慮深ければそれは当然に予測出来たことであった(前掲「淳Think」号外参照)。

 しかし,「ガザへの全面侵攻」のもたらすものは,“テロの世界中への拡散”などという生易しいものではすまないだろう。我々人類の“主流派”が創り上げてきた“西洋文明”の“自滅の始まり”となるだろう。

 私は,1988年の終わり,“西洋文明”の源流を求めて初めて中東・アラブ世界を訪ねた。そこで“アラブ世界の統一と団結”は大きく揺らいでいることを感ずるとともに,西洋的世界観(ユダヤ―キリスト―イスラム―マルクス主義)の“終焉”を予感し,「神々の終焉」(1992年執筆)という本を著した。そこで,“イスラムへの回帰”は,「(軍事を含む)あらゆる面での“敗北”」がもたらしたものであるとして,次のように述べた。

「 これらはいずれも,中東問題の本質を物語っています。中東諸国はオスマン帝国崩壊後,欧米列強によって蹂躅(じゅうりん)され続けてきました。それに対し,アラブ民族主義 などによるさまざまな抵抗が試みられましたが,いずれも敗北に終わっています。何度も 敗北を続けた結果,中東の民衆はイスラム復古主義やイスラム原理主義により,欧米の論理そのものを全面的に否定しようとしたのです。
 したがって,アメリカが従前続けてきた手法をそのままわが国が受け継ぐなどというこ とがあってはならないのです。もしそのようなことを行おうとすれば,日本が世界の警察 官としてアラブ民衆の「反西欧」,「反近代」の憤激に直面することになり,時としてそれ が暴力性を持つことの過酷さに直面することになるでしょう。われわれはそのことを心し てかからねばならないのです。われわれは,新たなリーダーシップを発揮するための手法 を見出さなければなりません。」

 また,田中秀征氏との対談の書「この日本はどうする」(近代文芸社・1997年)でも,

「全体的に価値体系を否定して,欧米の強力なパワーポリティクスにノンと言うには,自己 の尊厳を保つためにはやはりイスラムに回復するしかない。そこに僕はイスラム原理主義の不幸があると思います。」

と述べた。

 事態は何も変わっていない。より深刻になっているだけだ。

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