スサノオ通信番外編 :「錦織淳の役に役に立つビジネスコーナー」(第6回)―“危機の時代”の経営者―

 

1 “危機の時代”の経営者

 先日,難民問題のTV報道番組を見ていたら,ファーストリテイリングの柳井氏が,

「企業経営者はもっと世界の難民問題に関与しなければ駄目だ」

という趣旨の発言をしておられた(必ずしも正確な表現ではないかもしれないが)。

 最近,人権デューデリジェンスという言葉が多用されるようになった。私に限らず永らく企業再生やM&Aなどのビジネスに携わってきた者にとって,デューデリジェンスといえば,事業,財務,法務等々の各デューデリジェンスといった具合に,企業分析のごく基礎的作業手法であった。そこに新たに人権デューデリジェンスという分析手法が加わった。

 その背景には,企業活動のグローバル化に伴うサプライチェイン(供給網)の問題があり,サッカーボールの製造工程でパキスタンにおける幼・少年労働の劣悪な労働条件等が問題にされたのは,この問題の表面化の重要なきっかけのひとつとなった。また,近時では,アパレル関連産業において,ウイグル自治区における強制労働が問題となっている。

 そういえば,ファーストリテイリングは,最近サプライチェーンの改革を発表し,原材料調達までの全工程を自社管理すると宣言したばかりだった。

 いまはやりのSDGsにせよ,脱炭素にせよ,これを資源問題として捉える限りは企業活動の存立基盤そのものにかかわるものとして,つまり広義のコストの問題としてアプローチする考え方がまだ可能である。しかし,錦織がスサノオ通信本体で繰り返し指摘してきたように,これが“地球の有限性”にかかわるものであるとすれば,もはやそのような発想法では対処出来ない。我々人類の“行く末(すえ)”を見定める他はない。

 また,「人権」という概念もあらゆる分野にかかわる極めて包括的なものである。いったん人権デューデリジェンスという概念や手法をとり入れれば,それは我々人類が直面するあらゆる分野の問題と向き合うこととなる。

 柳井氏が企業も難民問題に取り組むべしと発言されたのは極めて象徴的である。

 ちなみに,難民問題は決して,先進国と途上国との間にのみ存在する問題ではない。私の通うパキスタンでは,永年にわたって滞在してきたアフガニスタン難民が故国に追い戻されようとしている。しかし,その根源は,いうまでもなく“ブッシュの戦争”にある。

 難民問題は,人類の主流派の“文明”がつくりあげてきた(必然的に産み落とした)“恥部”(きわめて控え目に表現すれば)であり,もっと言えば“業(ごう)”であり,その“原罪original sin”である。

 かくして,人権デューデリジェンスという概念をひとたび受け容れれば,それは人類の主流派の“文明”そのものが直面する危機(錦織がスサノオ通信で力説する“人類三つの危機”(環境,平和・核,南北問題),わけても“南北問題”)と向き合うことになる。

 これからの経営者には,その意味で,「何が起きてもおかしくない」という時代に向き合うことになる。

2 司令塔の意義について

 そのような時代であればあるほど,企業経営者も,より大きな座標軸,より大きな物差しをもって,より根源的な視点をもって,ことに当たることが求められる。

 前号のジャニーズ問題の記事に寄せて,「何が最も大切か」という問いかけを沢山いただいた。

 その答えは,いうまでもなく,「司令塔」の存在と確立である。何度も申し上げるように,マニュアルも,技術も,専門的知識・ノウハウも,所詮,道具でしかない。それは本質的なことでは全くない。つまり,マニュアル,技術,専門的知識・ノウハウから“解決の指針”を組み立ててはならないということである。

 “ジャニーズ問題”を素材としてその例えをあげよう。たとえば,巷間伝えられるところによると,旧事務所に代えて新事務所を設立し,そこに経営の本体を移すという。そうすると,その新会社の資本金はどうするかという問題がある。要は新会社の出資者(株主)をどうするかということである。そこで,旧会社は巨額の“果実”を生む著作権等にかかわる膨大な権利の“束(たば)”を有しているので,たとえば,それを現物出資したらどうかという選択肢が取り沙汰される。その現物出資に伴う株式をどう与えるかという問題がある。事業譲渡・承継に伴う特有の税務問題は山ほどある。ことほどさように,様々な専門的知識やノウハウが求められる。

 しかし,問題は補償問題や新たな事業展開を含む最も重要な問題をどのようなグランドデザインの基で解決していくかということである。

 そして,グランドデザインを具体化する段階で,様々な“各論の問題”につきあたる。

 その両者の間を何度も往き来するしか方法はないが,あくまで重要なのはグランドデザインの方である。断じて逆ではない。

 そして,それを担い,司るのが,私のいう“司令塔”の役割である。司令塔を担う者に求められる資質が,いかなるものであるかご想像願いたい。自分で自分の首をしめるようであるが,専門家(テクノクラート)がその任に適しているという保証はない。

 とても難しい時代になった。

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